[刑訴法]職務質問に伴う有形力の行使

刑事訴訟法

職務質問の意義・要件

職務質問とは、警察官が、犯罪を犯した者・犯そうとしている者・既に行われた犯罪について何か知っていると思われる者に対して停止を求め、質問をすることをいいます。

警察官職務執行法2条(質問)

1 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。

2 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。

3 ……

警察官職務執行法(以下「警職法」という)2条1項が職務質問、警職法2条2項が任意同行についての規定です。 警職法2条2項の任意同行も職務質問のバリエーションのうちの1つです。

【職務質問の要件】

  1. 「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由」があること、又は「既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる」こと
  2. 「異常な挙動」をするなどの不審事由の存在

職務質問を行うためには、「何らかの犯罪」に関する不審事由があれば足り、犯罪の具体的内容が特定される必要はありません。また、職務質問は、過去に行われた犯罪だけでなく、将来行われるであろう犯罪をも対象としています。

質問の方法・態様

職務質問は、「犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用」として位置付けられており(最判昭和53.6.20)、犯罪の予防、鎮圧等の目的達成のため「必要な最小の限度」において行われなければならず(警職法1条2項)、質問の結果、当初の不審が解消された場合には速やかに質問を終了しなければなりません(リークエ2版56頁)。

また、職務質問の対象者は、「その意に反して…答弁を強要されることは」ありません(警職法2条3項)。したがって、答弁するか否かの意思を抑圧するような威圧的ないし脅迫的な質問を行うことは許されません(リークエ2版56頁)。

警察官職務執行法1条(この法律の目的)

1 この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。

2 この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

警察官職務執行法2条(質問)

3 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない

停止のための有形力行使の可否

警職法2条1項は、不審者を「停止させて」質問することができると規定していますが、そのためにどの程度の有形力の行使が許されるか、「停止させて」の解釈が問題になります。

この論点を検討する際には、以下の2つを考えなければなりません。

  1. 有形力を行使してもいいのか(有形力行使の許容性の話)
  2. 有形力行使の限界の話(警職法2条3項)

(上記の1)停止のための有形力の行使は一切許されないのか

職務質問が対象者の承諾がある場合にしか許されないとすると、対象者が質問に応じず立ち去ろうとする場合に、警察官は諦めなければならないことになり非現実的です。また、そのような質問行為であれば、何ら対象者の権利・自由を侵害していないため、警察官がそのような質問行為を行うことができるのは当然であって(侵害留保原則により根拠規定は不要であるはず)、あえて警職法が2条1項で要件を定めて「停止させて」質問できると規定していることと整合しません。

そのため、職務質問の実効性を確保するための停止のための有形力の行使であれば許容されると解すべきです。

(上記の2)いかなる行為が強制処分となるのか【第1段階】

職務質問について、警職法2条3項は、「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り」、対象者の身柄を拘束したり、その意思に反して警察署等へ連行したり、答弁を強要したりすることはできないと規定しています。警職法上の強制処分のなかで、条文に明示された身柄の拘束・意思に反する連行・答弁の強要だけが許されないとする合理的な理由はなく、これらは例示であると考えられます。この規定は、刑訴法上の強制処分に該当するような行為が、警職法2条3項の禁止する強制処分であることを示しており、刑訴法上の強制処分と警職法上の強制処分は同義であるということになります。

したがって、警職法2条3項の禁止する強制処分とは、個人の意思を制圧して、憲法の保障する重要な法的利益を侵害する(身体、住居、財産等の重要な権利利益を侵害する)処分であって、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されないものをいいます。

下で紹介する判例・裁判例は、いずれも、立ち去ろうとした対象者を停止させるために一定の有形力を行使した事案であり、対象者の意思に反して行動の自由・移動の自由を制約しているものの、有形力行使の態様からして、制約の程度が低いと判断されたことになります。

例えば、立ち去ろうとする対象者を背後から羽交い絞めにして停止させた場合は、強度の有形力を行使しており、制約の程度が高いため、強制処分に該当するということになるでしょう。

(上記の2)強制処分には至っていない場合に限界はないのか(第2段階)

警察官が対象者を停止させるために行った有形力の行使が強制処分に該当しないとしても、当該有形力の行使の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度でなければなりません。

なぜなら、職務質問は行政警察活動ですが、行政警察活動にも比例原則が適用されるからです(警察比例の原則、警職法1条2項参照)。

任意捜査の限界の議論は、警察の権限行使一般を規制する原則である警察比例の原則から導かれるものであるため、同じことが捜査ではない行政警察活動にも妥当します(川出敏裕『判例講座刑事訴訟法〔捜査・証拠篇〕』27頁)。

ただ、比例原則は目的合理性を要求するものであるから、捜査と行政警察活動とでは、制度上の目的の差異に応じてその必要性・相当性判断の内容に差異が生じる(犯罪の防止のために必要・相当な行為と、訴追準備のために必要・相当な行為の内容は異なり得る)ことになります(リークエ2版55頁)。

警察比例の原則:警察権の行使が、個々の事案において、公共の安全と秩序の維持という目的達成のために必要なものであって、かつ、それによる自由の侵害が、目的たる利益と均衡を失するものであってはならないとする原則(塩野宏『行政法Ⅰ(第6版)』93頁)。

歩行者に対する停止行為

東京高判昭和49.9.30は、停止の目的である職務質問が任意手段である以上、質問のために停止させる行為も任意手段であり、「口頭で呼びかけ若しくは説得的に立ち止まることを求め、あるいは口頭の要求に添えて本人に注意を促す程度の有形的動作に止まるべきで、威嚇的に呼び止め或いは本人に静止を余儀なくさせるような有形的動作等の強制にわたる行為は許されない」として、警察官が歩いて立ち去ろうとする対象者の背後から「待ちなさい」と言いながら右手で対象者の右手首をつかんだ行為について、その強さは必ずしも力を入れたという程ではなく、対象者の注意を促す程度の有形的な動作であると認めて、強制手段には該当しないと判断しました。

自動車の運転手に対する停止行為

最決昭和53.9.22は、警察官が運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイッチを切り、対象者が運転するのを制止した行為について、「警察官職務執行法2条1項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法67条3項〔現4項〕の規定に基づき、自動車の運転者が酒気帯び運転をするおそれがあるときに、交通の危険を防止するためにとった、必要な応急の措置にあたるから、刑法95条1項にいう職務の執行として適法なものである」としました。

本決定は、警察官がエンジンキーを回転してエンジンを切った行為について強制手段とは評価していないということになります。

最決平成6.9.16百選10版2事件は、警察官が運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを抜いて取り上げた行為について、警職法2条1項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法67条3項〔現4項〕の規定に基づき交通の危険を防止するために採った必要な応急の措置に当たるとしました。

本決定は、エンジンキーを回転してエンジンを切る行為だけでなく、エンジンキーを取り上げて発車できないようにする行為も、強制手段には当たらないとしました。

職務質問に伴う有形力の行使(有形力の行使が「停止させるため」ではない場合)

職務質問のための「停止」、「同行」が許される(警職法2条)のは、職務質問を適切に実施するために必要な手段だからです。そうだとすると、警職法が明文で定める「停止」、「同行」以外であっても、職務質問を適切に実施するための措置であれば、講じることができるのではないでしょうか。

最決平成15.5.26百選10版3事件は、警察官が「質問を継続し得る状況を確保するため、〔ホテル客室の〕内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止した」行為について、「警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである」としています。

学説上も、警察官が質問を適切に実施するために必要な一定の行為を行うことは、職務質問に付随する行為として、警職法2条1項により、職務質問と併せ許容されており、別個の根拠規定を要しないとする見解(職務質問付随行為説)が有力です(リークエ2版58頁)。

[職務質問の対象者を停止させるために有形力を行使する場合]と、[それ以外の場合(有形力行使の目的が停止させることではない場合)]とで規範が異なります。

停止のための有形力の行使の可否について、「職務質問に付随する行為は警職法2条1項が併せ許容している」との理論は適切ではありません。

職務質問に伴う所持品検査の適法性については、以下の記事を参照ください。

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